第61回沖縄全島エイサーまつり(2016年8月28日)

2016-08-29

第61回沖縄全島エイサーまつり

第61回沖縄全島エイサーまつり(2016年)の最終日(8月28日)に足を運んだ。「コザ市・エイサーコンクール」からよく足を運んだと思う。コンクールからまつりへの変遷も振り返ってみれば時の流れだったと感慨深いものがある。コンクール時代の切磋琢磨の上に今日のエイサーの技や隊列変化はあると思っている。一方でコンクール方式は伝統的型の保存を大切に継承としようとするエイサーと、新たな創造の活力をバネに変化し変わろうとするエイサーを同一審査基準で優劣評価するには様々な矛盾が生じてきたのは確かだ。いろいろな変遷を経て、今日の沖縄全島エイサーまつりへ辿りついた。まつりで守るべき伝統の型を味わい、一方まつりで創造の粋と美を堪能しながらその横溢するエネルギーにこめられたメッセージを自分なりに読み解いていく。沖縄全島エイサーまつりを観終わるとこれで沖縄の夏が終わったと思う。

今回は沖縄市役所に車をおいて、そこからシュトルバスで会場まで移動した。15時開始前に一雨ざぁーときた。濡れたスタンドの椅子を拭いて貰い、あとはどかっと坐って楽しんだ。観たい角度があるのでやはり席にはこだわる。

「沖縄市園田(そんだ)子ども会」のエイサーは鍛えこまれ、よく練習をこなした大人顔負けの仕上がりになっていた。園田エイサーの大人の型をよくこなしていた。「沖縄市婦人連合会」のエイサーは一時期の勢いは見られなかった。会そのものの運営の内実がどうしても表面に出て来る。「嘉手納町千原エイサー保存会」はいつ見ても胸のすきっとする男だけのエイサーである。屋取集落だった千原は嘉手納飛行場の中だが、衣装は変遷してきているというが太鼓、踊りの型はよく保存されている。同じように「うるま市平敷屋青年会(東)」はいつみても緊迫した静の動作と、腰を落としてひねるるパーランクー打ちの持つの色気や足の運びにしびれるものがある。「沖縄市諸見里青年会」「北谷町謝苅(じゃあがる)区青年会」「沖縄市山里青年会」はよく仕上げられてとりわけ見ごたえがあった。「うるま市昆布青年会」「読谷村渡慶次青年会」「沖縄市池原青年会」「沖縄市松本青年会」「金武町並里区区青年会」は女踊りも十分楽しませてくれた。「うるま市石川エンサー保存会」はエイサーが祖先供養であることに立ちかえらせてくれる構成ないようを保存していると思った。残念だったのは「琉球國祭り太鼓」。コンサートやミュージックショー、盆踊り風な、あるいは雑多なものが混ざり合った構成は感動を薄くし、単なるショー的薄っぺらなパフォーマンス化してしまっていた。ミルクムナリに乗って登場した頃の、目から鱗の感動を与えられたのが何であったのか、今一度原点から振り返らないと、燃えたぎるマグマを失った単なるパフォーマンス集団になってしまう。

レーザーと花火を見て、シャトルバスで移動し帰った。6時間余の夏への別れは終わった。

写真は嘉手納町千原エイサー保存会。
千原a2

写真は嘉手納町千原エイサー保存会。
千原b1

写真は沖縄市諸見里青年会。
諸見里a1

写真は沖縄市諸見里青年会。
諸見里b2

写真は琉球國祭り太鼓。
琉球国a1

写真は琉球國祭り太鼓。
琉球国b2

写真は北谷町謝苅区青年会。
謝苅a1

写真は北谷町謝苅区青年会。
謝苅b2

写真はうるま市平敷屋青年会。
平敷屋a1

写真はうるま市平敷屋青年会。
平敷屋b2

写真は沖縄市山里青年会。
山里a1

写真は沖縄市山里青年会。
山里b2

写真はカチャーシー。
カチャーシーaa

写真は花火。
花火a1

写真はレーザーショー&花火。
花火b2

 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

Copyright(c) 2016 ホタルブログ All Rights Reserved.Designed by o2BusinessTheme